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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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醜態(2)

 壁に等間隔に掛けられた数枚の写真を眺めていると、不二子さんが言った。
 「あんたが言うから。そろそろ払わないと間に合わないって。だからわたし、そのとおりだなって思ったのよ」
 確かにイチコはそんな事を言った覚えがあった。彼女の話はやっと本題に入る兆しが見えて来たようである。
 しかしイチコの言ったことと目の前の訴状に何の関係があるのか。また、訴状に記されていた訴訟額もあまりにも桁外れなものだった。イチコが彼女に融通した金額の何倍もあったのである。解明すべき疑問が多すぎた。
 コーヒーはすでにぬるくなっていた。まずいと思いながらも、構わずイチコはそれをすすり長い話の先を促すように彼女を見た。
 「松木のこと、もうあきらめてたのよ。でもあんたが言うから探す気になって」
 松木という男はどこかに逃げて潜伏していたらしい。
 彼女には弟と妹がおり弟が末っ子である。その弟のつてを頼って、取半の約束でその筋の者に話を通してもらった。話を受けたそのヤクザ者が松木の居所を突き止めて来たというわけである。
 情報提供だけで集金がなされていないということは、松木はシロウトの可能性が高い。ヤクザ者が面識もないシロウトを相手に集金などという行為するわけがないからである。このご時世、下手を打てばすぐ懲役ものである。
 なのに取半とは早まったことをしたものである。イチコはそう思った。訴訟になってしまったのだから、うまく行けば楽なシノギであり、無駄にヤクザ者を喜ばせるだけである。
 そのヤクザ者がくれた情報を元に不二子さん達は松木の姿を追い求めた。イチコが父親のことで走り回っている間に、不二子さんは松木のことで走り回っていたのだ。
 「で、会えたの?」
 会えたからこそ訴状があるのだが、借りたものを払うどころか「債務不存在」で訴えるとはひどい話である。どんないきさつでこうなったのかをイチコは聞きたかった。
 「うん、会ったのよ。それも偶然」
 知人が主催するイベント会場で出会ったという。不二子さんに出くわすことなど松木の方は思いも寄らぬことだったに違いない。顔を見たとたん飛び上がって逃げようとした。そこをひっ捕まえた彼女は逃げ場のない壁際のソファーに追い込むと、弟を助っ人に呼び松木を締め上げて一筆念書を書かせた。
 念書という単語がイチコは妙に引っ掛かった。もしかしたら彼女の有している債権とは、いつか司法書士の先生のところで見た手形かもしれないと思ったのである。それならば金額が高くても頷けないことはなかったが、松木という男がどれくらいの会社を経営しているのかにもよる。経営しているといっても訴訟額から考えてもおそらく潰れかけているであろう。或いはすでに潰れているのかもしれない。債権者から逃れるために潜伏していたとすれば話は合うのだが、彼女がなぜ松木にそこまでの金を融通してやったのか、その資金はどうやって都合したのか、という疑問が残る。
 考えれば考えるほどイチコは不愉快な気分である。
 念書を取った勢いで松木の家に押し掛けたのはいいが、逆切れした松木が訴えを起したというのが顛末だった。イチコは自分の発言が事の発端だと言われたことにだけは納得する。
 佳奈ちゃんという女性には松木の自宅に乗り込むときいっしょに行ってもらったのだという。それで宮ヨメの話をして聞かせたのか、とイチコはそのときの不二子さんの顔を想像してみる。あまりいい気分ではなかった。
 「あんた、わたしどうしたらいい?」
 不二子さんはすがるような目でイチコを見た。まだ松木との再会から起訴に至るまでの過程だけしか彼女から聞いていない。イチコは戸惑った。
 「どうしたらって、そこに指定されている期日には裁判所に行かないと駄目だよ。 そうしないと松木の請求どおりになる」
 「弁護士は?」
 「戦う気があるならいるんじゃないの?」
 イチコはあくまで一般論を言っている。
 「あんた、誰か」
 「誰もいないよ」
 宮下個人が懇意にしている弁護士ならいたが、それはさすがにまずいと思われた。
 「じゃあ他に詳しい人いるから、そっちで頼んでみるわ」
 彼女は弁護士を雇って戦う気だとイチコは知る。この訴訟によって自分への返済がまた遠のくことは否めないが、訴訟費用や弁護士費用の出費を覚悟なら好きにすればいい、とイチコは思った。松木という男などイチコは全く知らないのだから当然過ぎる感想だった。
 
 
 
 


 
 

 
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コメント


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madspecialさまへ

 コノヤロー!ですね(笑) 一本やられました(笑)
 
 
 

紗羅の木 | URL | 2007年08月23日(Thu)02:58 [EDIT]

こんばんは。目に浮かぶのは、それなりの経験をなさった人だけです。読んでくれてありがとうございます。

madspecial | URL | 2007年08月23日(Thu)02:36 [EDIT]

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